2010年09月04日

孤独と自由と、責任と。

人は本来孤独な生き物である。

誰かが誰かを支えないと生きていけないし、
依存していないと生きていけない。

社会的動物、という言い方がある。
アリストテレスが言ったとされる言葉に
「人はポリス的動物である」
という文章がある。

ポリスというのは昔の都市国家のことであり、
これはつまり人間は社会的な動物であり、
社会の中で色々な役割を演じながら生きてるということだ。

社長、というポジションになってから、
劇的に変化したことといえば、
より深く孤独になった、ということである。

理由は何故か、と考えてみた。

それはやはり責任を負う、ということではないかな、と思った。

それも人一人の責任ではなく、
色々な人たちの人生を背負っているということだ。

昔から孤独には慣れっこだった。

僕はグループの中心に常にいて、目立つ存在だったから、
本当の意味で僕に本音でぶつかってくる人間は少なかった。

嫌われたくないからだ。

だから、本音を話せる人間が居ない、
というのも判っている。

知り合いの社長が言っていた言葉に
社員は辞めればいいが、
社長はつぶれるまで辞められない、
という言葉が、生の言葉として忘れられない。

だから、僕は今、本当の意味で孤独ではあるけど、
数多くの仲間や、支えてくれる人達、
そして、見たことはないけれど、
暖かいフォロワーの人達に支えられてる。


前田と飲んでた時に話しててわかったんだけど、
作詞でなぜ刹那的な言葉が出てくるのかというと、
それは、その瞬間、僕自身が何者にも縛られない
自由な状態になってるからだ。

その瞬間は、本当に壊れてもいいと思っている。

なぜ、壊れてもいいと思ってるかというと、
毎日に後悔がないからだ。

とてもでもそれは男性的な考え方だとは思うし、
社長の考え方としては失格である。

そういった意味では作詞させてもらって、
アドレナリンが出ることは、ある種バランスが取れてるのかもしれない。


孤独と自由と、責任と。


ただ同時に、人が思う以上に、
僕はピュアで傷付きやすい。