2014年05月

だからこそ、面白い。

慣れは怖い、だから慣れない様にする。

負荷も同じ、負荷が緩くなると、甘えが出る。

安定も怖い、人は安定すると守りに入る。

ゲーム業界やエンタメ業界は常に変化の繰り返しだし、
変化に対応できない企業や、変化に対応したコンテンツを
産み出せない会社、環境を変えられない会社は生き残れ
ないと思う。

この業界の栄枯盛衰を開発会社で見てきたからこそ、
どうなったら駄目になるのかが、なんとなく判る。

その危機感は、シグナルになる。

このままいったら、きっと駄目になるという強烈なシグナルで、
それが自分の後押しをする。

だから常に自分自身に対して課題を与えている、

 「ここまでに、これを仕上げます」

とコミットして必ず守る、作詞も同じ。

それまで過ごしてきた時間で、どこまで自分が吸収してきたのか、何を見て、
何を感じてきたのかを、振り絞る。考え抜いてから、出し惜しみは一切しない。

そうして仕上げたものが正しいのか?という疑問が出る。

自分や仲間が考えてる事が面白いのか、売れるのか、会社から批評を貰う。
会社にはデータベースがある、何か売れたのか、売れなかったのか。

 「本当にこれで正しいの?」
 「本当にこれが望まれてるの?」

という問い掛けを常にするようにしてるけど、
自分自身が正しいと思い込まない様に、
常に、自分自身を疑ってかかる。

自己QAを行う。

面白いと思わないと、面白いものは作れないのだが、
自分自身が書いたものを

 「本当に?」

という問い掛けを、常に、というか、既に必ず自分自身に対して、

 「本当に?」

と問いかけることが、ある種、反射神経的に染み付いてる。

それも「慣れ」になり、やがて自分自身がそういったことを繰り返してる事に
対して自己満足するようになる可能性もあるので、
そういったことにならない為に、

 「本当に?」

の第三者の意見を入れて、最終的に決定する。

結論を安定させない、移動することに意味がある、と思う。

でも、決める時はあっさり決める、それはデータではない、直感だ。

直感の七割は正しいという羽生名人の本を読んだことがあるが、
それは膨大な思考と経験の果てに「正しい」と思えることが浮かび
上がってくる、という意味に近いと思っている。

でも確かに直感は正しい時がある。
直感で立てた企画の方が売れる時もある。

だからこそ、面白い。

そんなことを考えながら作ってる。