2014年06月

自信がないと言ってた、君へ

自信というものが、どこにあるのかというと、
心の中にあるものです。

そして、自信というのは他人から認められることや、
やったことに対して評価されて、ついていくものと、
思いがちです。

形がないから、尚更やっかいです。

僕が自信にあるようにみえるのであれば、
それは勘違いです。

自信はありませんし、コンプレックスが大きいです。
でも、もしあるとするなら、それは誰にも負けないぐらい働いてる
という自負があるからです。

同じ立場の人がどういうモチベーションで働いてるのかは、
正直僕自身はあまり興味がありません。

でも、周りの人達を見て、周りの人達が色々な遊びに
費やしてるであろう時間を仕事に当て続けています。

可愛そうな人だ、と言われることもありますし、
仕事以外、何もないんでしょう?と言われることもあります。

犠牲や迷惑になってることも、世間一般的にいうのであれば、
きっと沢山あると思います。

旅行にいっても、映画を見ても、本を読んでも、
ゲームをしてても、ふとした瞬間、どこか会社や、
創ることを考えています。

それが無意識化で、きっと、薄い膜のような、
自信になって、自分を包んでるんだと思います。

ただ、君の年齢の20代中盤で自信があったかといえば、
自信はありませんでしたし、到底、今の様な立場になる
(結果として)とはまったく思ってませんでした。

でも、変な自信はありました。

君にも、ある、それです。

いっぱい馬鹿にされました。

今でも、理解されないことが多いです。

今でこそ作詞をしてますが、高校生の頃書いた詞は、
人気の歌手の歌詞を寄せ集めた、誰かの言葉でした。

それでも描きつづけて、最近ようやく自分の言葉で、
歌詞をかけるようになったかな、と思いますが、
それでも、美しい歌詞を見ると、自分の才能にたまに絶望します。

絶対に勝てない、と思ったりしますが、
それでも、書いて見ます。

でも、勝てないので、違うフィールドで勝負しようと、
とにかく考えます。真似しても、絶対に勝てないからです。

企画も同じです、同じ年齢ぐらいの時に、やはり上司から、
散々けなされて、目の前で企画書を破り捨てられたり、
幾ら企画を上げても、相手にされませんした。

苦しいか、といえば別に苦しくはなかったです。
なぜなら形にならないだけで、企画を考える事自体は、
自分にとってはとても楽しい作業だったからです。

ジャンルも違うし、モチベーションも違うと思うけど、
自信の付け方はひとつしかないと思います。

それはやはり自分自身に嘘をつかずに、
自分自身で納得がいくだけの努力をすることです。

他人が認めることがゴールになってはいけないです。

他人に認められても、結局は自分自身が納得してなければ、
それは自信には繋がりません。

誰かの言葉は、今の自分をドライブさせません。

周りの誰かから、

 「すごいですね」

と言われても、自分自分では、まったくすごいと思って
いないから(本当に)、逆に恥ずかしいです。

だって、世の中にはもっともっとすごい人達がいっぱいいます。

プロフェッショナルの仕事の流儀なんか、たまに見ちゃうと、
僕がやってる努力なんて、まだ、きっと、足りないんだって思うんです。

ジャンルなんか関係ないです。

それから比べたら、君にいったように、
僕がやってることは、全然まだまだなんですね。

だから、違うアプローチで、頭を使って、
今も会社の、色々な事を頑張っています。

すごいでしょう?と言いたいわけでもなんでもないですよ。

ただ、頑張って、といわれて、頑張るなら、あきらめたほうがいいです。

誰にも何も言われなくても、自分が本当にやりたいと、
想ってるのであれば、それはきっと力になります。

周りの誰よりも、努力してみてください。

たまに休んでしっぽりしてもいいですが、
それはおじさんになってからの方が良いです。

失敗なんか、20代であれば何も恐れることはないですし、
なんとでもなるでしょう、死ぬわけでもあるまいし。

一番恐れるべきは、自分自身に対して、
嘘をつきはじめたりすることです。

もっと、吼えてみて下さい。

僕から言えることは、そんなところです。