飲み込まれてはいけない

ふと15歳の時に書いてたアイデアノート
を見返してみた。

アイデアノートはずっと付けてる。
あらゆるところで色々な発想を思いついたら、
書きなぐるだけのノートだけど、
サイズは変われど、どんな時も手放さない。

20年近く経って見て見ると不思議なものだ。

「やればできる」

と書いてあって苦笑したが、
不思議なもので20年後も僕は同じことを思ってる。

君が何か新しく始めようとすると、
馬鹿にする人たちがいるだろう。

君が何か新しく始めようとすると、
いさめる人たちがいるだろう。

それらの言葉を無視してはいけない。

だが、その言葉に飲み込まれる必要もない。

ある種の警告や警戒は必要であり、
受け止める気持ちのゆとりは必要だ。
でも若い時は逆に怒るぐらいで良い。

好きなものなればこそ、
真摯に真剣にやりぬける。

真摯というのは自分の時間を犠牲にするということだ。

言葉だけで時間を使っていない人間は信用しない方が良い。

勿論、環境や状況や年齢によって意味合いは違えど、
やはりそれでも「時間を使う」ということと「真摯さ」は比例する。

ある時は意気消沈するときもあるだろう、
ある時は周囲の雑音に迷う時もあるだろう、
でも続けることが最良の薬だ。

だから、あきらめない。
あきらめる、ということすら考えない。

周りには馬鹿だといわれてもいい、
それぐらいが丁度良い。

評価は隣人がするものじゃない、
やり抜いていくと認めてもらえる瞬間が必ず来る。

今、不安なことがいっぱいあったとする。

僕もそうだった。

でも、不安は自分自身以外、解消できない。

それを解消する手段はただひとつ。

何か?

自分に嘘をつかない真摯な努力だけが、
不安を解消してくれる。